ラベル:日本史

牟呂普仙寺の役行者と庚申塔

豊橋市牟呂町の普仙寺に 役行者と庚申塔があります。 しっかりとしたお堂に納められています。 役行者像。 口をぐっと結んでいます。 庚申塔が2体あります。 なぜ2体そろっているのでしょうか。 豊橋には2体納められていることが ときどきあります。

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新城市小畑延命寺の役行者と青面金剛像

新城市小畑の延命寺で役行者がまつられています。 ちょっとふくよかなところが特徴です。 ここには青面金剛もまつられていました。 左は観世音菩薩。 延命寺という名前も長生きできそうでいいですね。 門の横には六地蔵が並んでいました。

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小浜神明社の役行者と庚申塔

豊橋市小浜町にある神明社には 役行者像と庚申塔がまつられています。 お堂に入っています。 しかし、行者像はかなり風化しているようで、 顔も衣服ものっぺりしてしまっています。 現在はお堂に納められていますが、 長い間屋外にあったのでしょうか。 庚申塔は普通です。 なお、この小浜神明社境内は むかしの貝塚跡になっていて まわり…

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天明の浅間山噴火関係地めぐり

尾瀬旅行の計画をしたとき 帰路に江戸時代の天明3年に噴火した 浅間山の災害の跡地にぜひ立ち寄りたいと思いました。 天明の浅間山噴火では、 噴火にともらう土石流が村々を襲い、 死者1400人の被害があったそうです。 (資料によって相違あり) この土石流は吾妻川を流れ下り やがて下流の利根川に流れ込み 江戸の海まで達したほどの規模でした…

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岩櫃城趾

尾瀬旅行の計画をしたとき 帰路にした国道145号の近くに 岩櫃城があることに気づきました。 岩櫃城は真田昌幸が一時期領有した城です。 険しい岩山を背後に控え、守りの堅固な城として有名です。 武田勝頼が織田信長に攻められたとき、 真田昌幸がこの城に逃げることを進言したそうですが、 武田勝頼は小山田信茂の推す岩殿城に逃げることにし、 結…

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群馬県北部の庚申塔

尾瀬旅行に行ったとき 日本ロマンチック街道の途中で 庚申塔をいくつか見ました。 沼田市のある寺院の前には 庚申塔が4本建っていました。 ここには双体道祖神も3対ありました。 少し離れて片品村です。 ここには神社の前に庚申塔が4本建っていましたした。 目の高さで写真を撮っているので けっこう大きいことがわかります。 いずれも…

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